学習を暮らしに生かす~悠平のラッピング電車

  妻(yuheimama)です。電車好きの悠平は、さまざまなキャンペーンや広告のために装飾が施されたラッピング電車が大好きです。家庭でも、プラレールにシールを張って、自家製ラッピング電車を作って遊んでいます。これが高じて最近では、シールを持っていないキャラクターなどをパソコンでプリントアウトして、それらを切り張りするようになりました。もちろん、ネット上でキャラクターを探してプリントアウトするのは、母の役目です(トホホ・・・)。

 これまでに作ったラッピング電車は、仮面ライダー鎧武電車、メルセデス・ベンツ電車、スタジオ・ジブリ電車など。悠平はノリノリで「今日はジブリ・ラッピング電車を作ります。ラピュタとトトロと猫バスと~」と、次々にプリントしてほしいキャラクターを口にします。1度に何種類も口にするので、私は覚えきれずに若干イライラ。そこで「ゆう君、何を何枚ほしいか、メモを書いて」とリクエスト。悠平にとってメモ書きは、たぶん初めての体験です。

 私は「メモを取る」のは、自閉症児者にとってかなり難易度の高い作業だと考えています。メモを取るには、「人の話を聞く→内容を理解する→短期記憶する→(要約する)→書き出す」という幾つもの、いずれも自閉症児者にとってはハードルの高い行為を積み重ねなければならないからです。悠平が大人になるまでにメモを取れるようになるかは分かりませんが、メモをしたり、それが難しくてもメモを読んで分かるようになれば、生活力の向上につながるのではないかと思っています。

 そんなわけでメモ書きの第一歩として今回課したミッション。白い紙と鉛筆を手渡すと、悠平はしばし考えていました。何を書いていいのか分からないのかと、私は様子を伺っていましたが、悠平、ついに書き始めました。「ラピュタ3 トトロ9」。すかさず私は「メモが書けたね。ゆう君、すごい! ラピュタを3枚とトトロが9枚欲しいんだね。お母さん、分かったよ」と伝えると悠平も満足げです。ついでに「ラピュタ3枚とトトロ9枚だったら、全部で何枚プリントすればいいんだろう?」と問いかけてみました。悠平は戸惑っているようでしたが、メモ書きの余白に「3+9=」と書いてみせると「12枚!」と答えることができました。

 あとはプリントアウトし、せっせと両面テープでプラレールに切り張り。できあがったのがこちらです。

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 自閉症児者は、一つのことを習っても、別の場面に応用することが難しいといわれます。悠平も「5+5=10」が分かっても、5円玉2枚が10円だということを理解するのに時間がかかりました。一事が万事そうなので、机上学習の内容を生活場面に組み込んでいくようガイドすることが必要だと思います。今回のメモ、そんな試みの一つとしてうまくいったかなと思っています。

お知らせ:「悠平ママ (id:yuheimama) 」を登録しました

 yuheipapaです。お知らせです。

 yuheimamaの「はてな」のアカウントを登録しました。ニックネームは「悠平ママ」、idは「yuheimama」です。今後は、yuheimamaが投稿した記事の末尾やコメントに「悠平ママ (id:yuheimama) 」 と表示されるようになります。わたしの場合は今までと変わらず「悠平パパ (id:yuheipapa)」です。

 このブログは7月に「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に移転しました。今まではわたしのアカウントでしか編集や記事の管理ができませんでしたが、「はてなブログ」には複数の人が編集に参加できる機能があることを知り、使ってみることにしました。

 以前はわたしのアカウントでログインし、yuheimamaが書き込んでいましたが、今後はyuheimamaが自分のアカウントを使って書き込みます。

 引き続き、「悠平と歩く道」をよろしくお願いいたします。

秋の個別面談

妻(yuheimama)です。先日、悠平の学校で個別面談がありました。悠平が放課後等デイサービスに行っている間に担任の先生と多岐にわたり、じっくり話をすることができました。

 

例えば、お友達とのかかわりについて。悠平のクラスは6人の内、5人が自閉症または自閉傾向のある男子クラスです。授業参観のときにも感じたのですが、休み時間にはそれぞれが好きなことをして遊んでいることが多く、かかわり合うことがなかなか難しいようでした。そんな中、積極奇異傾向の悠平は、一方的にお友達にかかわろうとしてトラブルを起こしてしまうことがあります。先日は、図工の時間にお友達の服にわざと絵の具をつけてしまいました。先生に叱られても最近は言いごたえするらしく、先生が罰として11月に行われる劇に出させないと言うと、「じゃぁ出ません」と返答。何度かのやりとりの後、先生から「汚したお友達の服をきれいにしてください」と言われ、さすがにそれはできないと思ったのか、深刻な表情になって「できません、できません」と言って涙を流し始めたとのことでした。結局、先生がお友達の服を洗って、悠平は洗濯の代わりに廊下掃除に黙々と取り組んだそうです。先生はおそらく二度と同じことはしないでしょうと言っていました。(ちなみに服を汚されたお友達は、汚されても泣かなかったのに、悠平が叱られているのを見てかわいそうに思ってくれたのか、泣き出してしまったそうです。ごめんね、ありがとう)

 

悠平は一人っ子で、私は家庭で子供同士のやり取りを目にすることができないので、そうしたエピソードは悠平の人とのかかわりを考えていくうえで貴重な情報です。今回以外にも、何度か小さなトラブルを起こしているので、予防と対応をその都度、担任の先生と話し合っています。また、放課後デイにもこうした出来事を伝え、同世代の自閉とは違ったタイプのお子さんとの関係づくりにも支援をお願いしています。

 

そうしたトラブルについて先生と意見が一致したのは、「怒られるからやってはいけない」と覚えるのではなく、「何が悪いから怒られるのかを考えられるようになってほしい」ということでした。これは軽くない知的障害のある子供にとってはハードルが高いことだと思いますが、一回一回の体験を学びの機会にしていきたいと思います。

 

学習については、学校で行っている個別学習のねらいや具体的な内容、取り組みの様子を伺い、同時に家庭学習と宿題の内容についてもすり合わせをしました。夏休み以降、悠平は足し算の繰り上がりの練習を継続していて、これについて先生と意見が一致したのは「定着させるために量をこなすこと」でした。定型発達のお子さんでも漢字や計算などを学習する際にはドリルなどで量をこなします。理解に時間がかかる知的障害であればなおのこと、量をこなすことが必要だと思います。ただ、知的障害の子供の場合は、ドリルを一冊わたして「はい、自分でやりなさい」と言ってもやり通すのが難しく、そこは先生と私が「適度な負荷」を調整しながら取り組みを促していくことが必要だと再認識しました。

 

また、学校でとったアセスメント「NC-プログラム」の結果説明を受け、言語理解や数の領域が確実に伸びていることが分かりました(NC-プログラムについては「 

yuheipapa.hatenablog.com

個別面談で聞いた「NC-プログラム」」を参照ください)。対人関係の把握が鍵となる受身表現の理解や手先の不器用さ、目と手の協応など、自閉症特有の苦手領域に課題が残りますが、日々の積み重ねで悠平の生活力の向上につながるよう、取り組みを考えていきたいと思いました。

 

45分間の予定だった面談が、気付いたら1時間半近く。有意義な面談になったことを先生に感謝しつつ、放課後デイお迎えギリギリの帰宅となりました。

夏休み2017 その4(完)悠平の成長を実感した出来事

 この夏の絵日記風の記録の番外編です。 

 ▼言語とコミュニケーション

 この夏休み、印象に残る出来事がありました。
 最近はパニックもめっきり減った悠平ですが、それでも時に、わたしや妻がまったく予期していなかった時と場所で、突然パニックを起こすことがあります。そのうちの一つに、東武鉄道の「しんちゃんトレイン」がありました。
 日常的に利用している東急電鉄田園都市線には東京メトロ東武鉄道の電車が乗り入れています。このうち東武鉄道は昨年秋から、アニメ「クレヨンしんちゃん」のラッピングトレインを走らせています。作品の舞台である埼玉県春日部市を中心にした特別企画「クレヨンしんちゃん25周年記念企画 オラのマチ春日部にくれば」の一環とのことです。

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 ラッピング電車としては結構大胆なデザインで、写真のオレンジのほか黄色、青、緑、赤の5編成があります。最初のうち悠平は、しんちゃん電車が来ると大喜びで乗っていたのですが、5編成全てに乗ったあたりから、突然、しんちゃん電車に乗ろうとすると激しくいやがるようになりました。ただ、しんちゃん電車が全部イヤというわけではなく、上機嫌で乗ることもあります。嫌な色があるのかとも思ったのですが、どうもそうではなく、同じ色でもダメな時と大丈夫な時があるようなのです。少々持て余し気味だったのですが、ある日、わたしと2人での外出からの帰宅途中、これから田園都市線に乗り換えるという時に、悠平自身が説明しました。
 わが家の利用駅に止まるのは各駅停車のみです。しかもおよそ半数の電車は、この駅で後から来た急行の通過を待ちます。悠平が言うには「急行の通過待ちをするしんちゃん電車には乗りません」ということなのです。わが家の利用駅に着いて、急行の通過待ちをすることなくすぐに発車するのであれば、しんちゃん電車でも大丈夫。急行の通過待ちがあるかどうかは、乗車駅で後続の電車が急行か各駅停車かを見れば分かります。
 驚きました。幼児のころから、乗ってきた電車やバスの発車を見送らないとテコでも動かない「出発進行ルール」など、こだわりの「悠平ルール」があることは理解しているつもりでしたが、そのルールにもこんなに複雑なバリエーションがあることは、新しい発見でした。悠平の場合、どうしてそうなのか、ということを追求してもあまり意味はありません。そういう子なのです、としか言いようがない、考えようがないからです。それが悠平の個性と受け止めています。
 何より、悠平が自分のこだわり、パニックの要因をこうも分かりやすく言葉で説明できるようになったことに驚きました。自分の心の内面を説明できるということは、それだけ言語でコミュニケーションを図る可能性が広がってきたと考えてもいいように思います。そう思うと、悠平がよくぞここまで成長してくれたとうれしくもあります。

 かつて、最初に広汎性発達障害との診断を受けたころ、「一生、言葉は出ないかもしれません」と医師に言われたことがありました。それでもyuheimamaが毎日毎日、少しずつ少しずつ、しかし途切れることなく続けてきた療育のおかげだろうと思います。

 どのような障害特性であっても、言語に限らず、その子その子に適したコミュニケーションの手段はあるのだろうと思います。これも診断を受けて間もなくのころ、手に取った発達障害の入門書に「発達障害は発達する」という言葉がありました。ペースや態様はその子それぞれ。でも少しずつでも、デコボコながらも必ず発達すると。「ああ、そうなんだ」と、目の前が少し開けたような気がしました。子どもと向き合うこと自体が大事なのだと、しみじみ感じています。

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夏休み2017 その3

 yuheipapaです。絵日記風の夏休みの記録の続きです。

 ▼yuheipapa青春の電車

 夏休み最後の日曜日は、悠平と群馬県まで足を伸ばし、上毛電鉄上毛電気鉄道)のファン感謝イベントを見学しました。

 上毛電鉄前橋市中央前橋駅桐生市西桐生駅を結ぶ25・4キロのローカル私鉄です。現在、走っている700形電車は、かつて東京の京王・井の頭線を走っていた3000系を改造したものです。3000系は全体が銀色のステンレス製で、運転席付近の前面は色鮮やかな繊維強化プラスチック(FRP)。編成ごとに7色あり、レインボーカラーと呼ばれていました。実は私が大学に入って上京し、東京で最初に住んだのが井の頭線の沿線でした。毎日乗っていた懐かしい電車が、今は上毛電鉄で活躍しているのを知って、いつか訪ねたいと思っていました。

※参考 京王3000系電車 - Wikipedia

    上毛電気鉄道サイト

 早起きして新幹線で高崎へ。在来線に乗り換えて両毛線前橋駅で下車。徒歩10分ほどで中央前橋駅に着きました。見た目は井の頭線時代のままの700形が入線していました。前面の色合いは、かつてと微妙に変わっているようですが、懐かしい。

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  イベント会場の車両基地がある大胡駅まで20分ほど。乗った車両はおそらく、大学生だったわたしが実際に乗っていたうちのどれかでしょう。乗り心地も当時のままのように感じました。30年以上も前の記憶の中にしかなかった電車に再び、しかも悠平と一緒に乗っていることが不思議な気もしました。悠平に「この電車にお父さんは大学生の時に毎日乗っていたんだよ」と話しましたが、当たり前のことながら、悠平には何の感慨もないようでした。

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 イベント会場では、悠平はまずミニ電車へ。早い時間に着いたので混雑もなく、満足そうでした。展示車両をじっくり見て回り、昼食はこの車両基地でイベントを開催するときにだけ販売するという限定品の「車庫弁」を購入。豚ヒレ肉のソースカツが二切れと豚焼肉がご飯の上に載っています。ソースカツ丼群馬県内でよく見かける名物料理で、その弁当版。悠平も残さず食べました。

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 会場のすぐそばには短い鉄橋もあって、撮り鉄も楽しみました。この日はイベントに合わせた特別運行として、1928(昭和3)年製造という年代モノのデハ101号車も走っていました。

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 イベントの見学を終えて、大胡駅から終点の西桐生駅まで上毛電鉄の電車に乗りました。やってきたのは前面にクジラのラッピングが施された「水族館電車」です。車内に入ってびっくり。天井は海の中を思わせる鮮やかなブルーで、クジラやイルカ、サメやマグロ、エイ、アジにペンギンやフラミンゴまで、たくさん泳いでいます描かれています。海のない群馬県のちょっとした水族館。悠平も楽しそうでした。

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 桐生の街には、ノコギリの歯のようなギザギザの屋根を持つ工場跡の建物が随所に残ります。太陽光を多く採り入れるための工夫とのことです。街を歩いていて時折、目にしたのが桐生市出身の篠原涼子さんをモデルにした街の観光ポスター。女性誌の表紙のようで、ちょっとよそでは見ない斬新さです。同じデザインの表紙の観光パンフレットもありました。 

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 わたしにとっては懐かしい電車に青春の日々を思い出すミニトリップでしたが、悠平に何が一番楽しかったか聞いたところ「上毛電鉄のミニ電車!」とのことでした。

夏休み2017 その2

 yuheipapaです。絵日記風の夏休みの記録の続きです。

▼「空飛ぶ団子」をがまん

 yuheimamaも一緒に、家族3人で岩手のyuheimamaの両親の墓参に行きました。久しぶりに親戚の皆さんにもごあいさつ。悠平もしっかりと「こんにちは」と言えるようになっています。滞在中は一関、平泉の観光にも行きました。JRが盛岡~一関に走らせている観光列車「ジパング」で一関へ。特急用の車両を改造した特別な列車で、わたしも悠平も見たことはあったのですが、乗るのは初めて。先頭車両は運転台のすぐ後ろが展望席になっており、楽しめました。

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 一ノ関駅でyuheimamaのいとこと合流。車で厳美渓、平泉へと案内してもらいました。厳美渓は奇岩と急流の景勝地。以前から行ってみようと思っていたのですが、いざ現地に来てみてちょっとびっくりしたのは、岩場の上にできている行列。実は流れの対岸に団子屋さんがあり、ワイヤに吊るした籠に団子とお茶を入れて、急流越しに届けています。代金も籠に入れて支払う仕組み。名付けて「空飛ぶ団子」。その行列が予想以上に長くできていました。

 実は旅行前の下調べで、こんなユニークな団子屋さんがあることを知り、「悠くん、岩手で団子食べようか」と持ち掛けたところ、空を飛ぶ、との点がいたく気に入ったようで「ぼく、空飛ぶ団子を食べるよ」と楽しみにしていました。

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 あまりの行列に、「空飛ぶ団子」の購入は断念。流れの反対側に渡って、店で食べることにしました。悠平にしてみれば、突然の予定変更です。以前なら泣きわめいてパニックを起こすところですが、最近は随分と自分でコントロールできるようになり、このときもパニックはありませんでした。そんなときはなるべく、「悠くん、頑張ったね。よく我慢したね」と声を掛けるようにしています。

 さて、お店で買い求めた「空を飛ばない」団子は、みたらし、オーソドックスなこしあん、ゴマあんの3種類。悠平は団子は初めての経験。醤油味のみたらしは気に入ったようですが、あんこ、ゴマあんには手を出そうとしませんでした。それでもまた一歩、前進です。

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 平泉では世界遺産中尊寺毛越寺(もうつうじ)を参拝しました。悠平と来るのは2回目。私は大学1年生の時以来、通算で4回目になりますが、奥州藤原3代の栄華と滅亡の舞台に立つと、その時々でいろいろなことを考えます。今回はあいにくの雨でしたが、松尾芭蕉奥の細道の紀行で立ち寄った際も、雨の金色堂を詠んだ句「五月雨の 降残してや 光堂」を残しています。雨の金色堂に出会えたのはむしろ運が良かったのかもしれないと思いつつ、芭蕉の見た光景に、しばし思いをはせてみました。

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▼200段の石段も平気

 岩手旅行の帰途、宮城県の松島に1泊しました。2年前に1度、やはり家族で岩手からの帰りに寄っているのですが、その際には修復中で見学できなかった瑞巌寺の本堂が、修復が終わり一般公開されているのを知って見てみたいと思いました。

 岩手から新幹線で仙台へ。在来線の東北線に乗り換えて松島駅で降りました。宿は高台にあり、幸いなことに到着時は晴れていて、日本三景の一つ、松島の島々がきれいに見えました。

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 翌日は朝のうちは雨交じりのあいにくの天気でしたが、瑞巌寺は想像以上に見ごたえがありました。

 昼食後は遊覧船に。これもまた悠平が楽しみにしていました。悠平が初めて船に乗ったのは4歳の時、伊豆・下田の遊覧船だったと思います。この時はすんなりとは行かず、嫌がってパニックを起こした記憶があります。いつからでしょうか、今では船が大好きです。今回は松島の湾内周遊ではなく、移動時間の節約を兼ねて、松島から塩釜への航路にしました。所要1時間弱。景勝を楽しみました。

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 塩釜で訪ねたのは、東北鎮護・陸奥国一之宮の塩竃神社です。由緒は奈良時代、近くに国府鎮守府を兼ねた多賀城が設置されたころまでさかのぼるという古社です。遊覧船の桟橋からゆっくり歩いて30分ほど。表参道に着きます。鳥居をくぐってすぐに、約200段の急な石段があります。思わずため息が出ますが、悠平は5歳で私と一緒に西国観音巡礼を始めて以来、古社古刹巡りで山道、石段は数多くこなしており、最長では800段の石段を登ったこともあります。200段はものの数ではなく、文句ひとつ口にせず登り切りました。

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 夕方、JR仙石線で仙台に戻って、帰京は夜の新幹線。仙台駅ビルの中の飲食店街で、少し早目の夕食にしました。仙台と言えば牛タン焼き。ホヤなど海産物も食べたかったので専門店ではない店にしましたが、お肉大好きの悠平は厚切り牛タンをばくばくと食べ、私の口に入ったのはわずか。悠平が満足そうだったので、良しとしました。自分へのお土産に牛タンジャーキーと笹かまぼこを買って、新幹線に乗りました。

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ムーミン列車

 関東三十六不動尊は神奈川、東京、埼玉、千葉の4都県にまたがっています。うち東京が19カ所と過半数を占め、さらにそのうちの16カ所は23区内にあって、東京在住の私には回りやすい巡礼霊場なのですが、千葉県の5カ所は成田市新勝寺を除いていずれも内房、外房の遠隔地です。移動に時間がかかる場所は、なるべく悠平が夏休みで時間に余裕があるうちに回ることにしました。

 「夷隅」と書いて「いすみ」と読みます。34番の夷隅不動尊・宝勝院はいすみ鉄道の沿線にあり、35番の波切不動尊大聖寺も、いすみ鉄道の始発駅になっているJR外房線の大原駅近くにあります。いすみ鉄道乗り鉄を兼ねて、2カ所を回りました。

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 いすみ鉄道ムーミンのキャラクターをあしらった車両や、国鉄時代のままのディーゼル列車を運行しており、鉄道ファンや地域おこしに関心のある人たちの間では知られた鉄道です。私と悠平は3回目の訪問。春は沿線に黄色い菜の花が咲き誇り、その中を進む黄色い車両がとても絵になるのですが、緑が濃いこの時期も、黄色がよく映えました。

 この日は途中から雷雨。ほかにもお寺を回る予定だったのですが、変更して上総一ノ宮の玉前神社にお参りしました。真っ黒で光沢のある珍しい社殿でした。

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▼東京さくらトラム

 夏休みも終わりに近づいてきました。手軽なお出かけを、という日は、悠平と一緒に都電荒川線に乗ります。この日、乗ったのは「東京さくらトラム」のヘッドマークを付けた車両。外国人観光客にも親しんでもらえる愛称を、ということで東京都交通局が公募の上で決めたようです。

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 北区の飛鳥山電停で下車。江戸時代に庶民の行楽地として整備された飛鳥山公園は、春は桜の名所としてとてもにぎわいます。園内には、明治の経済人、渋沢栄一がこの地に住んでいたことにちなむ「渋沢史料館」、王子製紙など製紙産業との深いゆかりにちなむ「紙の博物館」のほか「北区飛鳥山博物館」の三つの博物館があります。時間の都合で渋沢史料館と紙の博物館の二つを見学。渋沢栄一が賓客の接待にも使ったという洋館の「青淵文庫」も見学できました。

 紙の博物館には新聞紙のロールの実物や、新聞ができるまでの工程の説明も。マスメディア企業に勤務する私にとって、新聞は今までの半生を掛けた仕事です。「悠くんがご飯を食べられるのは新聞のおかげだよ」と話しました。いつか理解してくれたらうれしいです。

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夏休み2017 その1

 yuheipapaです。ことし2017年の夏休みは、悠平と一緒にあちこち出掛けました。せっかくの夏休みなので、なるべく多くの乗り物に乗るようにしました。「父子乗り鉄と巡礼」も健在です。久しぶりに、写真とともに絵日記風にまとめてみました。

▼川崎大師の風鈴市

 夏休みに入って間もなく、川崎市川崎大師平間寺の風鈴市を悠平と2人で見に行きました。秩父三十四観音の巡礼を終えた後、関東三十六不動尊の巡礼を続けており、平間寺は第7番の霊場です。御朱印には風鈴市の期間限定の印影も押してありました。広い境内のお堂を順に参拝。薬師殿には御本尊の薬師瑠璃光如来のご分身という「なで薬師」があり、悠平は神妙に仏像と手を合わせていました。

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リバイバルカラー電車

 東京都足立区の西新井大師総持寺と、皿沼不動尊永昌院をお参りしました。それぞれ関東三十六不動尊の26番と25番の霊場です。西新井大師東武鉄道伊勢崎線の西新井から1駅だけの支線、大師線に乗り大師前で下車してすぐです。大師線は、亀戸線とともに2両編成の電車で運行しており、車両には昭和30年代の東武の電車の塗装を再現したリバイバルカラーになっています。緑地に白帯などいくつかバリエーションがあり、悠平はネットの動画サイトなどでそうした情報もすべて押さえています。この日は黄色地にオレンジの帯の車両で、これで悠平はすべてのリバイバルカラーの電車を制覇。満足そうでした。

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 西新井大師に向かって駅を出た辺りで雨が降り出しました。西新井大師の境内では、真っ白なサルスベリが雨に打たれているのが印象的でした。悠平が傘をうまく持てなかったころは、雨合羽を着せていましたが、今では傘もしっかり持てます。西新井大師の後は、2人で30分ほど歩いて皿沼不動へ。帰りは悠平の希望で日暮里・舎人ライナーに乗りました。

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▼「日吉」の由来

 横浜市の日吉と言えば、慶応大学のキャンパスが有名ですが、意外な地名の由来があることを知りました。ここには関東三十六不動尊の第5番の霊場金蔵寺があります。かつては滋賀県の琵琶湖畔に広い境内を持った古刹になぞらえて「東の三井寺」とも呼ばれたそうです。明治22年の町村制実施の際、付近の10の集落を統合する村名を決め兼ね、金蔵寺の裏山に鎮座していた日吉山王権現にあやかり「日吉村」となったのが「日吉」の地名のおこりだそうです。金蔵寺の裏山の奥の院に向かう途中に、由来を刻んだ石碑がありました。境内には中国風の装飾を施された弁天堂や手水舎などがあって、不思議な雰囲気でした。

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▼海を臨む巡礼

 8月最初のお出かけは千葉県・房総半島でした。早起きして新宿発の特急でまず館山へ。1時間に1本の普通電車に乗り換えて千倉駅で降り、バスで向かったのは関東三十六不動尊の三十三番霊場、高塚不動尊大聖院です。不動堂は裏山を少し石段を上ったところにあり、太平洋が見えました。海を臨む巡礼霊場は珍しいかもしれません。

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 昼食はせっかくなので磯料理にしました。私は海鮮丼、悠平はエビフライ定食。メニューにはクジラ料理もあり、単品で竜田揚げも頼みました。わたしたちの世代は子どものころ、クジラは給食の定番でしたし、家庭でも食べていました。なので今でもメニューにクジラを見かけると頼むことが多いです。

 悠平には以前、大阪に住んでいたときの家族旅行で和歌山県の太地町を訪ねた折、竜田揚げを勧めてみたのですがまったく食べませんでした。当時は5歳でした。今回も箸はつけないかなと思ったのですが、恐る恐る一切れを口に運ぶと「おいしい」。どうやら醤油ベースの味付けも和風好きの悠平の口に合ったようです。食べられるものがまた一つ増えました。

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 食後はバスで房総半島最南端の野島埼へ。灯台に上って太平洋の眺望を楽しみました。帰りは房総から対岸の横須賀市久里浜へ、東京湾横断フェリーを利用。デッキから乗客が投げるお菓子などのエサを目当てにカモメがついてきて、投げられたエサを上手に空中でキャッチする姿も。暑い1日でしたが、悠平も乗り物を満喫した楽しい1日でした。

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