初めての海、最初は泣きながら

 6月の異動でわたしの職場が変わり、昨年までに比べて夏休みも取りやすくなりました。先日、伊豆の下田へ2泊3日の家族旅行に出かけました。予約した旅館は目の前に海水浴場があり、敷地内にはプールもあります。悠平に生まれて初めての海を体験させるのが、今回の旅行の主な目的です。

 東京駅から特急スーパービュー踊り子号で3時間弱。悠平は6月に4歳になったばかりですが、身長は110センチを超え、とても座席2席に親子3人では座れません。悠平の分も子ども1人分の運賃と特急料金を出して席を予約しました。そのせいもあってか、移動時間が少し長めだったにもかかわらず、電車好きの悠平は車内でパニックを起こすこともなく楽しんでいる様子でした。

 下田は幕末の黒船来航と開国の舞台になった歴史の街で、坂本竜馬とも縁があるとか。NHKの大河ドラマ「竜馬伝」が放映中ということもあって、伊豆急下田駅のそこかしこ、土産にも「竜馬」がアピールされていました。
 いつものようにゆったり目に日程を組み、初日は移動のみ。夕方、旅館に入り、入浴と夕食。悠平は温泉にはすっかり慣れっこで、大浴場や露天風呂にも臆することはありません。特に5月の鴨川旅行(以前のエントリー「受け身はイヤ、見たいものを見たいように見る〜鴨川シーワールドで親はがっかり」をご参照ください)以来、ジャグジーが気に入った様子で、今回も大浴場にジャグジーがあるのを見つけると、催促するようにわたしの手を引っ張って入り、ぶくぶくと泡の感触を楽しんでいました。
 2日目は午前中のうちにビーチに出ることにしました。悠平は生まれつき色白で肌も敏感です。また、発達障害児は肌の感覚もわたしたちとは異なっていることがあり、わたしたちならどうということもない日焼けでも、わたしたちが考える以上に苦痛になることもあるかもしれません。悠平は海は初めてということもあり、妻と相談して、海やプールでの水遊びは陽射しが強くなる午後は避け、時間も2時間程度にとどめておくことにしました。
 今回の旅行に備えて、妻が海水浴の絵本を探して購入し(2匹の野ねずみが主人公の「ぐりとぐら」シリーズの「ぐりとぐらのかいすいよく」です)、事前に読み聞かせていました。それが効いたのか、水着に着替え砂浜に出るところまでは順調でした。しかし、いざサンダルを脱いで、波に向かって歩こうかという段になって悠平は大泣き。それでもわたしが先に立ってずんずん歩き、足元を波が洗うところまで進み、振り返って「ゆうく〜ん、おいで」と手招きすると、泣きながらわたしのところまで歩いて来ました。わたしが手を引いて、腰のあたりまで波が来るところまで進みましたが、悠平は泣き止みません。かと言って海から出たがる様子もなく、しばらくは泣きながら波の中でじっとしていました。

 ほどなく戻って妻と交代。今度は浮き輪を持って、妻が悠平の手を引いて波に入って行きました。後で聞くと、妻と一緒のときは悠平はすっかり泣き止み、慣れてきたのか波が押し寄せてくると「きた、きた」と口にするようになったそうです。
 砂浜にいたのは20分ほどでしょうか。旅館のプールに移動しました。悠平を浮き輪につかまらせてプールに入れましたが、ここでは全く恐がることもありません。最初は底に足を着けて歩いているだけでしたが、わたしたちが足を取って浮かせてやると、それが楽しかったようで、やがて自分で底から足を離して浮くようになりました。浮き輪から離して、わたしが抱っこしたまま頭までざぶんと潜ったりもしましたが、悠平は多少、咳き込んだものの水を恐がる様子はまったくありませんでした。
 予定通り、午前中でプールも切り上げました。大して日焼けしていないと思っていたのですが、翌日になってわたしも妻も肩がヒリヒリするようになり、やはり短時間でもそれなりに焼けたようでした。悠平も肩や背中がうっすらと焼けたようでしたが、特に痛がったり不快に感じている様子もなく、まずはひと安心です。
 午後、昼食を取りに下田駅まで出ましたが、ここで悠平がパニック。電車を見て、てっきり乗れるものと思ったようです。わんわん泣きながら改札口の前にしゃがみ込んでしまい、わたしと妻とでかわるがわる「きょうは乗らないよ」「あしたスーパービューに乗るよ」と声を掛けますが、泣き止みません。しょうがなく、わたしが抱えあげてその場を離れました。
 3日目にも悠平のパニックがありました。今までは宿を出ると後は帰るだけにしていたのですが、今回は少し観光めぐりをしてみようかと妻と話し、帰りの列車の予約は午後4時の踊り子号にしていました。5月の鴨川旅行の際、水族館に連れて行ったのに悠平がクラゲ以外にまったく関心を示さなかったのに懲りていましたが、せっかくなので下田海中水族館に行きました。悠平は入り口の横にあるお土産の売店で、おもちゃの車を手にしたまま動こうとせず、またパニック。ここでもわたしが悠平を抱え上げ、水族館の入り口に移動しました。
 ここは一つの入江全体を水族館に活用しているユニークな施設で、イルカも水槽ではなく入江を泳いでいます。悠平は鴨川のときと変わらず、イルカにはまったく関心を示しませんでしたが、屋内の魚の水槽では鴨川とは打って変わって興味津々。水槽から水槽へと走ってはのぞき込み、気に入った魚でもいたのか、時には水槽をぺたぺたと触っていました。これはちょっとうれしい誤算でした。(写真はキンメダイの水槽)

 昼食後、帰りの列車までまだ時間があったので、黒船を模した港内の遊覧船に乗りました。ここでも悠平は大泣きしてパニック。抱え上げて船に乗り込みましたが、いざ乗ってみると静かになり、わずか20分ほどでしたが、生まれて初めての船旅を楽しんでいるように見えました。
 帰宅して、あらためて振り返って考えてみると、海水浴にしても遊覧船にしても悠平は初めての経験でしたが、そのこと自体への不安はあまりなかったのかもしれません。パニックを起こしたのは、自分なりに次はこうなると考えていた状況が実現しなかったときだったように思います。2日目の下田駅がその典型でした。駅に来た、電車が止まっている、乗れると思ったのに、お父さんとお母さんは別のところに行こうとする、いやだ、というわけです。売店ではてっきりおもちゃを買ってもらえると思っていたのかもしれませんし、遊覧船乗り場では、船ではなくて今度こそ電車に乗れる、と思っていたのかもしれません。
 最近の悠平は少しずつですが言葉も増え、意思疎通もわたしや妻が次に何をするかの選択肢を口頭で伝えると、オウム返しながら悠平が答えることも増えて来ていました。近所への買い物や福祉センターへの療育プログラムなどは、写真を見せなくても口頭だけで意思疎通ができていました。旅行中もその都度、「これから駅に行ってご飯を食べます」とか「水族館に行きます」「お船に乗るよ」などと次の行動を妻とかわるがわる伝えていたのですが、やはり初めての場所への旅行では無理があったのかもしれません。先々の見通しをあらかじめ理解させる(できれば視覚的にも)ことが大切だと、あらためて思いました。
 一方で、思いもかけずうれしい出来事もありました。偏食が激しい悠平は、魚介類はまず食べません。旅館に前もって連絡し、悠平のメニューはハンバーグやからあげにするようお願いしていました。旅館のほうでは、それならば、ということで刺身代わりに初日は牛肉の甘辛煮、2日目はすき焼きを用意してくれました。今まで悠平は牛肉もカレー以外は口にしようとしませんでしたが、今回はぺろりと食べてしまいました。わたしも妻も感動です。このことについては、近く妻(yuheimama)があらためて書く予定です。