備忘録:相模原障害者殺傷事件(2)

【匿名報道】
プライバシー保護、遺族の意向を理由に、被害者の実名が公表されていません。「亡くなっても差別されている」(毎日新聞9月22日)と障害者自身から批判する声が上がる一方、遺族の心情や取材記者の葛藤もあるようです。

・藤井克徳=20歳以下ならいざ知らず、20歳を超えた方について、たとえ親の意向とはいえ匿名のままでいいのでしょうか。とても違和感があります。(ハフィントンポスト9月5日)

・慎允翼=通常は家族が望まなくても実名発表されるが、なぜ障害者に限って家族の意思が優先されるのか。障害者が家族の所有するモノとして扱われているように感じる。(毎日新聞「相模原殺傷 私の視点」9月15日)

野田聖子=なぜ被害者の名前が報道されないのでしょうか。(中略)優生思想的な考えを持つ人たちから、家族が2次被害に遭うからでしょう。変ですよね。(毎日新聞「特集ワイド 相模原殺傷事件」8月17日)

・親族にすら疎まれた障害者、その存在をオープンにできない家族……。そうした人たちがいる現実に直面した時、「社会に伝えるために実名で報道させてほしい」とはとても言い出せなかった。(毎日新聞・森健太郎「記者の目 相模原殺傷事件」9月14日)

・「被害者の人となりや人生を関係者に取材して、事件の重さを伝えようという記者の試みが難しくなります」。匿名発表について同僚記者がツイッターに投稿すると、「そんなことをしなくても事件の重大性は伝わる」と非難が殺到した。(朝日新聞・前田朱莉亜「記者有論 相模原事件」10月6日)

・県警が被害者を匿名発表した理由も保護者への配慮である。マスコミの報道も保護者への共感である。しかし、被害にあったのは保護者ではない。障害のある子の存在を社会的に覆い隠すことが、本質的な保護者の救済になるとも思えない。保護者に同情するのであれば、そのベクトルは差別や偏見をなくし、保護者の負担を軽減し、障害のある子に幸せな地域生活を実現していくことへむけなければならない。(毎日新聞野沢和弘論説委員「論プラス 相模原・障害者施設殺傷」10月12日)

村木厚子・「共生社会を創る愛の基金」発起人、前厚生労働事務次官=「名前書くことで人権守る」と言うためには、前提となるマスコミへの信頼、何をどう報道してきたかという実績が問われる。(中略)実名によって実像が伝わる価値は大きい。報道を通じてこの問題を訴えたい、名前を名乗ってもいいと被害者の人たちに思ってもらえるよう、障害というテーマに関し、その報道姿勢や内容、取材方法などあらゆる面で信頼を得るための不断の努力を続けてほしい。(朝日新聞「わたしの紙面批評」10月15日)

・依田雍子・神奈川県手をつなぐ育成会会長=インターネットで瞬時に情報が拡散することへの不安を挙げ「名前を知らなくても(被害者に)思いをはせ、悼むことができるのでないか。公表したくない人への配慮はなくてもいいのだろうか」と問いかけた。「知的障害者の人たちも、名前を出すことで自分を知ってほしい人もいればそうでない人もいる。謙虚に想像してほしい」と多様な対応を呼びかけた。(朝日新聞10月15日)


【施設/地域】
 今回の事件が入所施設で起きたことに関して、地域で暮らしていれば避けられたのではないかという声が聞かれました。私は、自分で支援者と相談・交渉できる主に身体障害者なら地域移行が可能でも、知的障害者や重複障害者には難しいのではないかと思っていました。実際には、自分が知らなかっただけで、知的や重複の方々の地域自立生活はすでに始まっているのですが、現状は希望すれば誰でもできるという状況にはないようです。

浅野史郎神奈川大学特別招聘教授=なぜ、40人以上もの人が、わずか1時間足らずで傷つけられたのか。施設によって確保される安全もあると思うが、GH(=グループホーム)でばらばらに暮らしていれば、いっぺんに襲われることはなかったはずです。(朝日新聞「オピニオン&フォーラム 障害があったとしても」8月26日)

・藤井克徳=他の先進工業国では考えられないことですが、日本には障害者を対象とした入所施設が3095カ所あります。(中略)一般の青年層・壮年層が大集団で、しかも期限なしで生活するなどということは、普通はないことです。通常の社会にはあり得ないことが、やまゆり園にはあったのです。事件の舞台となった津久井やまゆり園には、150名近い利用者が在園していました。やまゆり園は高尾山の麓にあり、いまでこそ住宅地が迫って来ていますが、もともとは何もないところでした。地域から隔離された入所施設という状況があったわけです。(ハフィントンポスト9月5日)

・中島隆信・慶応義塾大学教授(経済学)=「津久井やまゆり園」に行ったことはないですが、似たような収容型・隔離型の大きな施設は見たことがあります。あの手の施設はできればなくしていった方がいいと思いました。町はずれに広い敷地を取り、内部にグラウンド、屋外プール、体育館などがある。自己完結型で無理に外に出なくても、施設内ですべてが足りてしまう。言葉は悪いですけど、社会との接点の少ないソーシャル・デス(社会的死)の状態だと感じました。実際には地域との交流もあったようですが、それでも限界はあると思います。(NHK福祉ポータル・ハートネットTVブログ8月31日)

・渡邉琢・NPO日本自立生活センター自立支援事業所=行政職員や障害福祉関係者の間でも、「入所施設は重度障害者にとっての居場所」という通念に疑いを入れる人はあまりいない。障害者支援の現場では、重度の障害者に対しては、家族介護がムリになると、地域生活の可能性に言及することなく、ショートステイからの施設入所を勧めるケースワークが横行している。地域で自立して暮らすことが可能だとは、本人も家族も知らないことが多い。ある意味で致し方ない。でも、だとしたら、行政やまわりの支援者がそれは可能だと本人や家族に伝えていくしかないわけだが、まったく不十分である。なぜ、家族や本人が施設入所を選ぶのか。それしかないと思わせているまわりの責任も大きいのでないだろうか。(synodos8月9日)/地域移行のための課題をあぶりだすために、大阪市では、施設入所者本人や、入所施設管理者に聞く調査も行っている。たとえば、施設入所者本人への調査の中で、「入所を決めた人」はだれかという質問があるが、自分で決めた、7.7% 自分以外の人が決めた、73.4%という結果が出ている。大半が本人が望んでいない施設入所であることは明らかだ(念のためにいうと差別解消法施行後の現在、本人の意に反する施設入所は差別にあたるとみなされる可能性が高い)。(『現代思想2016年10月号』p200)

・神奈川県は施設の立て替えを決める前に、障害者本人の意向を確かめるべきではないか。言葉が解せなくても、時間をかけてさまざまな場面を経験し、気持ちを共有していくと、言葉以外の表現手段で思いが伝わってきたりするものだ。容易ではないが、障害者本人の意思決定支援にこそ福祉職の専門性を発揮しなくてどうするのだと思う。(毎日新聞野沢和弘「記者の目 相模原殺傷事件」10月12日)

・児玉真美・フリーライター=施設だから入所者はみんな悲惨な生活を強いられていて、施設職員は満足なケアを行っていないと決めつけるのは事実と異なる一面的な見方ではないでしょうか。施設にも一人ひとりの入所者に豊かな生活をしてもらおうと努力しているスタッフはいっぱいいるし、そこで暮らしている人たち一人ひとりにも仲間やスタッフと関わりあい、つながりあって過ごす、日々の「暮らし」があるわけです。今回の事件をめぐる議論が、施設か地域生活かの二者択一で論じられていくことには危うさを感じています。/病院のNICUや小児科でベッドが不足してきたことから「退院支援」「地域移行」にという方向性が打ち出されています。しかし、そうして帰っていった地域には支援が圧倒的に不足し、結果的に多くの家族が過重な介護負担に喘いでいるのです。(中略)「お母さんががんばり続けられるように」と家族介護を前提にした支援に留まっているのが現状です。そんなふうに、重症児者で、いまもっとも切実なのは「支援なき地域で、家族が疲弊している」という現実。むしろ相模原の事件で多くの人が説いておられる「地域移行」とは似て非なる「地域移行」が、急速に進行している問題なのです。(NHK福祉ポータル・ハートネットTVブログ9月21日)

※「強度行動障害」に対する考え方・対応の一例
・渡邉琢=障害者は別にいつも無垢の被害者というわけではなく、人によって、また障害やまわりの環境の状態によっては、他者に対して危害を加えやすくなることもあるし、そうした加害傾向により、はからずとも地域社会で暮らし続けることを難しくする要因を自らつくってしまい、施設入所や措置入院にいたることもあるからだ。障害者の地域生活支援に取り組む場合、そうした加害といかに向き合っていくかということも大事な課題だ。(中略)加害を加えるから、あるいは加害を加えやすいから、自分たちの団体や地域から排除して、施設や精神病院にいってもらおうとすれば、それはあまりに安直だろう。少なくともそれは、インクルーシブ社会を目指す態度ではないと思う。そういう拒絶的な態度こそが、さらに相手の攻撃性を強めることだって十分に考えられるのだ。(『現代思想2016年10月号』pp201-202)

・西角純志・津久井やまゆり園元職員=とりわけ「強度行動障害」と区分されている利用者は、家庭や、グループホームでの対応は難しい。彼らは自分の欲望を聞き入れてもらえないと、物に当たったり、自傷や他害、つば吐きなどといった問題行動を起こすのである。時に服薬支援を拒否することもある。暴れる利用者や日課にのらない利用者をどう指導していくか。まわりの職員も見ているし職員自身の指導力、力量が問われているのだ。障害者虐待防止法が施行されて久しいが、職員は、懲戒と体罰のギリギリのところで勝負しているといっても過言ではない。「強度行動障害」の利用者は、どちらかといえば、体育会系の職員が担当することが多い。時に、抑え込み(ホールディング)という援助技術を行使することもある。そして、その帰結として利用者とどのように折り合いをつけるのか、反省・自戒させるかといったことが課題になる。(『現代思想2016年10月号』pp208-209)


知的障害者
わが子に知的障害があると分かってから、障害者の方が書かれた本を何冊か読んできました。知的障害のない身体障害者の方の著書を初めて読んだときの率直な感想は、誤解を恐れずに言えば、「障害者と一言で言っても、知的障害があるとないとでは、こんなに違うんだ」というものでした。最近耳にする、バリアフリーノーマライゼーションも、知的障害者にどれだけ有効なのだろうという漠とした疑問がありました。今回、知的障害者が標的にされたことで、関係者の中でも知的障害者への支援の在り方や考え方を再考させられたという声が聞かれました。

・渡邉琢=事件そのものは犯人が起こしたものだが、重度障害者が地域社会でなく施設でしか生きることができない社会をつくってきたのは、わたしたち一人ひとりである。厳しい言葉でいえば、今まで見捨てておいて、今さら追悼するのは遅いのではないか。(中略)今、成人の知的障害者の5人に一人は、入所施設に入っている。実数で言えば11万人。真の意味での追悼は、社会的に忘却されている方々とつながりをつくるところからはじまるのではないだろうか。(『現代思想2016年10月号』pp192-193)

・熊谷晋一郎・東京大学准教授(当事者研究)=ノーマライゼーションの動きによって解放されたと感じている障害者にとっては、今回は時計の針が戻るような恐ろしさを感じるかもしれないけれど、現在も施設に入所しているおよそ11万人の成人の知的障害者にとっては、時計の針が戻るというよりも、半世紀前から進んでいないのだと、(上記・渡邉氏の)メッセージに書かれてきたのです。とても反省しました。そういう意味では、一部の解放された障害者が、世の中で可視化されてきた背後に11万人近い方が、いまだに社会から隔離された状態に捨て置かれていたという事実を突きつけられました。(NHK福祉ポータル・ハートネットTVブログ8月30日)

・星加良司=この事件を踏まえて改めて考えるとき、既存の障害学の知の体系が、重度知的障害者の他者化に抗する言説資源として本当に有効なのか、ということは問われざるをえないと思う。(中略)本来のあり方を阻害している外的要因が取り除かれれば「できない」ことが「できる」ようになる、という解放の図式であり、それはとりわけ身体機能と物理的環境とのミスマッチによって「無力化」されている身体障害者の経験に適合的なモデルとして構築されたものだった。だとすれば、こうした意味での「障害の社会モデル」を基盤として発展してきた障害学は、知的障害に関する解放の理論としては必ずしも十分に機能しないのではないか。こうした批判や疑念は、もう一〇年以上前から問いかけ続けられている。(『現代思想2016年10月号』p92)


【最後に】
入所施設という空間的隔絶だけではない、能力主義・優生思想に基づく線引き、「われわれ」からの他者化といった心理的分断。分断をつなぐのは、自己責任の名のもとに突き放すことではなく、日常のささやかな「お互いさま」という気持ちであり、行動なのではないかと思います。

・大沢真幸(社会学)=素朴な功利主義と同じことだが、ほとんどの人が、こう思っているし、こう言って子供たちを教育しているのではないか。「他人に迷惑をかけてはいけないよ」と。確かに、これは文句のつけようがない道徳的な項目だ。(中略)私たちは次のようにいえなくてはならないのだ。他人に迷惑をかけてもよいのだ、と。いや、もっと先に行く必要があるかもしれない。ときには、他人に迷惑をかけるべきだ、と。私たちは、場合によっては、他人に迷惑をかけることを望まれてさえいるのだ、と。ここまで言い切ることができたとき、こう断言する自信をもてたとき、私たちは不安を本当に払拭することができる。相模原障害者施設殺傷事件が私たちにもたらす、おぞましい不安を、である。(『現代思想2016年10月号』pp42-43)

障害のある子供と暮らす日々の中で感じた疑問や違和感、不快感について、その背後にある「何か」を、いつか深く掘り下げて考えてみたいと思っていました。今回の事件に関して、さまざまな方の発言を自分なりに咀嚼し、自分が感じてきた「何か」に底通する言葉の数々に出会いました。
 わが子に障害がなかったら、今回の事件を「われわれ」の問題としてとらえることなく、「あちら側の人たち」の問題として眺めていたかもしれません。そうした自戒の念を込めながら、自分の中にもある差別の芽に向き合い、今後も「われわれ」の社会を考えていこうと思います。