熊楠が生きた地を訪ねに

 ゴールデンウイーク前半の3連休、妻と悠平と3人で、和歌山県の白浜温泉に遊びに行きました。大阪に引っ越してから初めての家族旅行です。白浜を選んだ理由の一つは、在野の「知の巨人」とも言われる南方熊楠(みなかた・くまぐす、1867−1941)の記念館があることでした。この記念館と、隣りの田辺市にある顕彰館と旧宅も見てきました。田辺は熊楠が1941年12月に亡くなるまで40年近く住んだまちです。
※ウィキペデイア「南方熊楠
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0
 悠平が広汎性発達障害と診断された2年前の暮れ、自分自身が発達障害自閉症について実は何も知らなかったことに気付き、関連しそうな本を目に付いたものから読み始めました。その最初に、書店で見かけて手に取った一冊が、織田信長葛飾北斎野口英世らとともに熊楠を取り上げた「天才脳は『発達障害』から生まれる」(正高信男 PHP新書)という本でした。同書によると、著者の専攻は認知神経科学であり、広汎性発達障害にどこまで詳しい方かは分かりませんし、熊楠にてんかんの症状があったという指摘も事実として正しいのかどうか、わたしにはよく分かりません。ただ、本書の意図は「障害」の負の側面ばかりをみていては才能を殺してしまう、という点にあることはよく伝わってきました。少し元気が出てきた気がすると同時に、それまで通り一遍の知識しかなかった熊楠に対して興味と親近感がわき、彼の足跡を確かめ、彼が生きた土地の空気を吸ってみたいと、いつしか考えるようになっていました。大阪に転居して、紀伊の地が東京からよりはぐっと身近に感じられるようになり、最初の家族旅行をこの地に決めました。
 熊楠の記念館や顕彰館を回った日はあいにくの雨でした。白浜の記念館は街の中心部を離れた岬の高台にあり、晴れた日なら熊楠が生物採取に通ったという神島(かしま)や田辺湾の景勝を一望できるらしいのですが、残念ながら何も見えませんでした。記念館はこじんまりしたつくりでしたが、幼少期から晩年までの活動を年代順に紹介。入ってすぐのデスマスクがとても印象に残りました。

 田辺市の旧宅と隣接する顕彰館(写真)はJR紀伊田辺駅から徒歩でも10分ほど。城下町だった田辺の街の中心部ですが、周囲は静かな住宅街でした。顕彰館は5年前に開設。そのときに旧宅も公開されたそうです。熊楠が一度も住んだことがない白浜になぜ記念館があるのか疑問だったのですが、旧宅を案内していただいた職員の方によると、記念館開設の話が持ち上がった当時、旧宅には熊楠の娘さんがご存命で、ほかに田辺には適当な土地がありませんでした。昭和4年に神島を訪れた昭和天皇に熊楠が進講した際、天皇がお召艦から上陸したのが白浜だったことから、記念館は白浜に建ったとのことでした。
 熊楠は博学で人並み外れた記憶力や卓越したスケッチの一方で、奇行や変人ぶりでも知られます。今日的な基準に照らすと、自閉症スペクトラムのサバン症候群に当てはまるのではないかという気もしますが、私には直観的な推測以上のことは分かりません。しかし、当時の時代背景、社会事情の中で大変な「規格外」の人物だったことは間違いがないと思います。その熊楠が「世界的な学者」として今日もなお地元の人たちに親しまれているさまに、私としてはほっとしたものを感じます。別に熊楠にあやかって偉大な業績を残してほしい、ということではありません。親として悠平に、何がしか社会の中で役割を得て、できればささやかでもいいから人の役に立つ人間になることができれば、と願います。
 悠平には「みなかたせんせい、だよ」とか「くまぐすさん」と話しかけながら見て回りました。悠平は何か感じ取ってくれたでしょうか。
【参考】
南方熊楠記念館
http://www.minakatakumagusu-kinenkan.jp/
南方熊楠顕彰館
http://www.minakata.org/

 さて、白浜にはアドベンチャーワールドという大きなテーマパークがあります。パンダの飼育で知られ、昨年生まれた双子の赤ちゃんが人気を集めています。悠平にパンダを見せてやるのも旅行の目的の一つだったのですが、ほとんど関心を示しませんでした。

 悠平が喜んだのはサファリワールドの中のフィーディング(餌やり)でした。ラクダのほかシカの仲間とおぼしき動物に、100円で買ったガチャガチャのカプセルに入った餌をやるコーナーですが、悠平は大喜びで指先をなめられるのも何のその、ケタケタ笑いながら餌をやっていました。

 熊楠記念館を訪れた折り、すぐ隣りに京都大学の水族館がありました。昨年のゴールデンウイークの家族旅行では、千葉・鴨川のシーワールドに連れて行ったのに悠平はクラゲにしか興味を示さずがっかりだったので期待はしていなかったのですが、意外なことに今回は魚に関心を示し、次から次へと水槽の中をじっと眺めていました。中でもお気に入りはエイとウツボでした。


 往復は鉄道利用でした。初めて乗ったJR西日本自慢の振り子式電車の特急「オーシャンアロー」に、悠平も私も満足でした。