特別支援学校への進学を決めました

 妻(yuheimama)です。特別支援学校か特別支援学級か、悩みに悩んだ末、結論を出しました。特別支援学校への就学を希望することにしました。

 校区の小学校の特別支援学級は予想以上に充実していて、学校全体でできる限りの態勢を敷いているように思いました。ただどうしても気掛かりだったのが、授業全体の半分以上の時間を通常学級で過ごすということ、入り込みが原則ないという点です(「特別支援学級を見学」をご参照ください)。

 悠平は現在も、人員配置の手厚い療育園ですら完全な母子分離ができていません。毎日付き添いをしている私の目から見て、もう少し大人の支援が必要なのではないかと思います。温室育ちにするつもりはないのですが、小児神経内科の主治医からも「情緒の安定」という視点を持つよう助言を受けています。悠平には過去に過配措置を取っていただいた幼稚園を退園した経緯があります(「決断――本日、幼稚園を退園しました」をご参照ください)。就学に当たっても、不登校の可能性が頭をよぎります。

 就学先を決めるに当たってのポイントは、学力優先、生活力優先、地域交流優先と、各家庭の考え方、お子さんの特性によって異なると思います。悠平にとって学校は「社会との接点」であり、就学先を検討するに当たっては、「毎日学校に通い、社会との接点を維持すること」を最優先に考えました。

 また、地域のお子さんとの接点は少なくなると思いますが、いずれ主人の転勤に伴って転校することを考えると、学校によって対応の差が大きいと言われる支援学級より、多少なりとも環境変化の負荷が少ない支援学校の方が我が家の事情には適していると思われました。

 学力面は、体験入学した際にかなり初歩的な内容との印象を受けましたが、悠平のレベル・ニーズに合わせて家庭でフォローしていけるのではないかと考えました。また、見学したのは「ことば(国語に相当)」の授業だけであり、図工や体育など小学校では通常学級で受けそうな科目は、幼稚園時代のことを考えても周囲のお子さんたちと一緒に自立して取り組むには難しく、不安感が強い特性を持つ悠平には支援学校の方が安定して取り組めるように思いました。

 最善を尽くした態勢で「どうぞ来てください」と言ってくださった小学校はとても魅力的でしたが、できるだけ安心できる環境で諸課題に取り組んで行けそうな支援学校で、悠平のペースで学んでいければと考えています。

 2月の幼稚園登園拒否に始まり、退園、療育園への転園、就学相談と、長いようであっという間に過ぎた8カ月。就学先を決めた今、療育園で残る課題は完全な母子分離と、バス通園です。特別支援学校はスクールバスでの通学です。まだまだ試練の日々は続きます。

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 yuheipapaです。
 「父子乗り鉄と巡礼」など休日のお出かけ用の悠平のリュックを一回り大きいものにしました。
 今まで使っていたグリーンのリュックはまだ東京・世田谷に住んでいたころ、悠平が3歳の時に広汎性発達障害の診断を受け、翌春から世田谷区総合福祉センター(さくらポート)へ療育を受けに行くために購入したものでした。あれから2年半、診断からは間もなく3年になります。グリーンのリュックを見ると、この間のあれこれを思い出します。しかし悠平は、と言えば、そんな親の感傷にはお構いなしです。