街に溶け込んで生きていた「仙台四郎」

 yuheipapaです。

 4月に仙台市を訪ねる機会がありました。空き時間に寺社巡りを、とリサーチしている中で、「仙台四郎」という「福の神」信仰があることを知りました。商売繁盛の神様として、親しまれているようです。祀られているのは、仙台駅に近いアーケード街、クリスロードの中にある三瀧山不動院。その名の通り、不動明王をおまつりしている真言宗の寺院ですが、その中に「仙台四郎」の像もありました。
 ウイキペディア「仙台四郎」によると、元は明治期に実在した知的障害者。死後、神格化されたようです。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%9B%9B%E9%83%8E

 知的障害があり会話能力は低かったが、明治期に「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」との迷信が南東北のマスメディアを巻き込んで流布し、売上増を企図する店舗等が四郎の気を引こうと厚遇した。

 四郎は気ままに市中を歩き回るようになった。行く先々で食べ物や金品をもらったりしていたが、人に危害を及ぼすことはなく愛嬌のある風貌をしていたので、おおむね誰からも好かれた。子供が好きで、いつも機嫌よく笑っていたという。「四郎馬鹿(シロバカ)」などと陰口を叩かれることもあったが、不思議と彼が立ち寄る店は繁盛し人が集まるようになったため、「福の神だ」などと呼ばれてどこでも無料でもてなされたとされるが、実際には家人が後に支払いに回っていたこともあった。店にしてみれば、どんなに高額な飲食でも、必ず後で代金を支払ってもらえる上客と解釈できる存在であったという側面もある。四郎は素直な性質であったが、気に入らない店には誘われても決して行かなかったという。
 鉄道を好んでいたようで、1887年に東北本線の仙台駅・塩竈駅が開業すると仙台の停車場を毎日のように訪れ、人に切符代を恵んでもらい白石や白河まで乗車したが、所持金が無いため降りた先で運賃の不足分を払えず鉄道側が困っているという記事が河北新報に載ったという。福島県の福島や山形県の山形まで足を伸ばしていたらしい。

 記述からは、一人の知的障害者が街に溶け込んで生きていたことがうかがえます。時間の経過とともに、家族の苦労など現実的な部分は伝承から落ちていき、「福の神」として都合のいい部分だけが受け継がれ、今日まで残っているのかもしれません。それでも、四郎がニコニコしながら街を歩いていた往時の様子を思い浮かべると、穏やかな気持ちになります。
 障害者が一人の人間として、ともに生きていける社会であってほしいと願い、巾着と手拭いをお土産に買いました。

【追記】

 三瀧山不動院のサイトに、仙台四郎のページがあります。堂内にまつられている仙台四郎の像の写真があります。 

https://www.mitakisan.com/shiro.html