明けましておめでとうございます

 妻(yuheimama)です。当ブログへのご訪問、ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 さて、冬休み真っ最中の悠平。昨年末、おもちゃ断捨離を敢行し、古くなったミニカーや壊れかけのプラレールなど、親も驚く潔さでバンバンと捨て、すっきりと片付いた部屋で新年を迎えました。また、クリニックのOT(作業療法)で教わったトランプのババ抜きにはまり、大みそかから盛り上がっています。トランプは今まで、神経衰弱しかやったことがなかったので、「トランプをきる」「トランプを配る」動作は初体験。特にトランプをきるのには大苦戦。手順も手の動かし方もよく分からないらしく、何度も手本を見せたり、手を添えて一緒にやっています。トランプを配るときも自分に2回続けて配ろうとすることがあるので、時々声掛けが必要です。ゲームを始める前にこちらは気疲れしてしまいますが、そんな状態でやっても、なぜか最後にジョーカーが残るのは悠平の手元。神経衰弱は記憶力次第で勝てますが、ババ抜きにはこれといってコツがあるわけでもないのに不思議です。悠平は「も~~~、勝ちたいよ!!!」と悔しがっています。しばらくブームが続きそうです。
 こんな感じで平穏に迎えた2020年。今年も悠平が楽しく、さまざまなことを体験しながら学んでいけるよう、サポート&ガイドしていきたいと思います。皆さまにとって、良い年でありますように!

強力な動機

 妻(yuheimama)です。知的障害者にとって金銭管理は難しいことです。悠平には、小学生のときから学習の中で紙幣や硬貨の種類、数え方、金額の大小を教え、学校でも買い物学習に取り組んでいただきました。中学生になったらお小遣いを毎月渡し、ほしいものを買うためにお金を貯めたり、お金を使うと残高が減るということを、実感できるように準備してきました。月のお小遣いはひとまず500円。残高が分かりやすいように、100円ショップで買ったコインケースに入れ、項目がシンプルなお小遣い帳を用意しました。

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 4月以降、月初めに悠平に声を掛け、お小遣いをコインケースに入れ始めました。以来、悠平が欲しがる物があると、「お小遣いで買ったら?」と提案しました。が、親と一緒に外出すると、結局、親がほかの物と一緒に買ってしまったり、ポイントカードのポイントで支払ってしまうことが多く、悠平もあえて自分で支払おうとはしませんでした。

 以前、知的障害者の金銭管理についての講演会で、買ってもらうことに慣れてしまうと、成人しても自分でお金を払いたがらなくなる方もいるというエピソードを聞いていたので、やはり練習は必要なようです。これまでの買い物学習では、予算で1回買いきりだったので、お小遣いを貯めて買う行為は、本人にとってはまた別の体験なのでしょう。やみくもに買えばいいというものではありませんが、このままでは金銭管理の練習になりません。

 そんなある日、悠平が電気機関車のプラレールをほしいと言い出しました。クリスマス近くだったので、本人はプレゼントとしてほしかったのかもしれません。でも母は、「じゃあ、お小遣いで買ったら?」と懲りずに提案。すると悠平、すぐにでもほしかったらしく「そうするよ!」と張り切って答えました。強力な動機です。母はすかさず、悠平の机の引き出しにしまってあるお小遣い帳とコインケースを取り出し、悠平に残高を知らせました。4月から1円も使っていなかったので、4500円ありました。ネットでプラレールの値段を確認すると、種類にもよりますが、2000円あれば足りそうです。そこで悠平にお金を財布に入れるよう指示して、いざ買い物へ。悠平が一番欲しかったモデルはなかったのですが、納得して買えるモデルがあったので、自分で支払って持ち帰りました。悠平、ニコニコです。

 帰宅後、すぐに自分の部屋にプラレールを持ち込みました。その日は家庭学習で、買い物を文章題仕立てでおさらい。悠平、文章を読んでにんまりです。初めて自分でお小遣い帳も付けました。これからも学習と生活を関連付けながら、楽しくスキルアップしていきたいと思います。

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 本年も当ブログを読んでいただきありがとうございました。良いお年をお迎えください。

筋肉の省エネ

 妻(yuheimama)です。悠平は発音が不明瞭なことがあります。例えば学校で行った、オオカミと羊が登場する劇「あらしのよるに」の配役についての会話。

父「悠くん、何の役をやるの?」
悠平「オオカミのガブ」
父「豪華ハンバーグ???」

 これは決してyuheipapaの空耳ではなく、悠平の不明瞭かつ早口による聞き違いです。こんな具合で時々、何を言っているのか分からないことがあり、以前から気になっていました。そこで、学校の担任に相談。都立の知的障害特別支援学校では、外部専門員として言語聴覚士(ST)や作業療法士(OT)等が教員の専門性向上のために助言や相談をする制度があるため、担任からSTに相談していただくことにしました。

 以前にもたびたび触れていますが、悠平には体幹が弱く、筋肉がつきにくい特性があります。STによると、そのため、無意識のうちにあまり筋肉を使わないで済む動作が身に付いているというのです。言うなれば「筋肉の省エネ」。筋肉は体幹だけでなく、体中どこにでもあるわけで、口の周りの「筋肉の省エネ」が、発音の不明瞭さの原因でした。ビックリ!

 発語から10年、これまで無意識に培ってきてしまったその「筋肉の省エネ」を改善することは可能なのか? STからの助言は、大きく2つ。1つは、口の周りのあまり使っていない筋肉を使うこと、具体的には口をひょっとこのようにすぼめて前に突き出す動きをすること。2つ目は、ゆっくりはっきり発音するよう、音読をすることです。学校ではひょっとこ対策として、的に向けてピンポン玉を口で吹くゲームを取り入れ、音読は学校と宿題として家庭でも取り組むことにしました。

 音読練習を開始して1カ月弱、発音の改善はまだ見られませんが、ゆっくり音読することは意識できるようになってきました。少しずつ、少しずつ、やっぱり継続は力なりなのです。

悠平の気遣い?

 妻(yuheimama)です。悠平は親が体調不良のときでも、自分のことを心配します。スクールバスバス停への送迎は母へのこだわりが強いため、母が体調不良のときにはyuheipapaと一緒に行かなくてはならないのではと不安に駆られ、母の体調ではなく自分を心配。yuheipapaが体調不良のときは、学校から帰宅したときに、いつもは不在のyuheipapaが会社を休んで家にいるのではと不安を感じ、yuheipapaの体調ではなく自分を心配しています。そんな悠平が、yuheipapaが風邪を引いたとき、「お父さんが元気になってから…」と父を気遣うような言葉を発しました。

 以前、yuheipapaと岡本太郎美術館に行ったときに買ってきた太郎先生のフィギュア(「太郎先生がやってきた」を参照ください)。学習机のセンターで、いつも悠平を見守ってくれているのですが、なんと片腕が欠けていたのです!

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 「どうしたの?」と尋ねたところ、「分かんない」と悠平。学習時間以外、机の上にプラレールをガチャガチャと置いているので、おそらくぶつかって、折れてしまったのでしょう。私が「お父さんにも報告しなくちゃね」と言うと、冒頭のセリフ、「お父さんが元気になってから…」と答えたのです。

 実はこのフィギュア、買ったばかりのときにも、悠平が乱雑に扱って、指を欠損させていました。そのとき、yuheipapaが「あ~、悠く~ん」と、ちょっと怒り気味に嘆いていたのです。悠平はyuheipapaが体調不良のときに再びショックを与えないように、と気遣いしたのではなく、怒られるのを先延ばししようと、やっぱり自分を心配していたようです。

 後日、片腕が折れたフィギュアを目にしたyuheipapa。今度は怒ることなく、「また?」と笑い飛ばしていました。その様子を見て悠平も照れ笑い。その後、接着剤で腕をくっつけて、一件落着しました。

悠平お土産コレクション

 妻(yuheimama)です。学校でも家庭でも買い物学習をしている悠平。外出時、決められた予算での買い物を楽しんでいます。

 例えばこちら↓。動物園では動物の、水族館では魚のマスコットを購入しました。訪れた場所の記念になりそうなチョイスです。

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 今秋、学校の移動教室で神奈川・相模原~山梨方面に行った際には、まず、家族へのお土産として「富士山せんべい」を購入。いつも自分のことばかり心配している悠平ですが(?)、家族を思って買ってきてくれたことにちょっと感激。

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 さらに自分用のお土産がこちら↓。

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 「えっ、なんで車?」と、思いましたが、本人としては「行った場所にちなんで」といった発想を飛び越えて、ほしくなっちゃったんだろうなぁと推測。親が一緒のときだと、「車のおもちゃだったら、ここじゃなくても買えるでしょ」と、実際は買ってあげないくせに却下されそうなお品。行った場所にはちなんでなくても、記憶力がいい悠平のこと。何年経っても、移動教室の記念に自分で選んで買ったことを鮮やかに覚えているに違いありません。親の「普通の」価値観を押し付けずに、悠平の選択を見守りたいと思いました。

 そんなことを考えて、リアクションがちょっと遅れましたが、「へぇ~、かっこいいじゃん」と声を掛けると、「うん」と、悠平はご満悦。悠平が楽しく活動し、笑顔で帰ってきたこと、それが親にとっては一番のお土産でした。

絶妙あるいは微妙なヒント~人の気持ちを想像する

 妻(yuheimama)です。自閉症児者は相手の気持ちを想像するのに困難があると言われています。悠平も最近取り組んでいる国語の読解問題で、「このときの○○君はどんな気持ちだと思いますか?」的な質問の前では、毎回固まってしまいます。

 先日は、下校中の二人の男の子の会話が題材でした。一人の男の子が急にお腹が痛くなり、公園のトイレに寄ろうとしたものの、清掃中だったため、急いで家に帰ることにしたというストーリー。質問では、その子の様子を見ていたもう一人の男の子の心情を問うています。もう一人の男の子の気持ちは?

悠平「…分かんない」
母「じゃぁ、お母さんの具合が悪かったら、悠くんはどう思う?」
悠平「…分かんない」
母「(えっ!?←心の声)じゃぁ、お母さんの具合が悪くて、(スクールバスの)バス停に一緒に行けるか分からなかったら、悠くんはどう思う?」
悠平「しーんぱーーーい!」
母「じゃぁ、お腹の痛い男の子の友達はどんな気持ちだと思う?」
悠平「心配だと思う」
母「正解!」

 母の健康状態よりバス停への送迎を心配する悠平の発想を生かした絶妙なヒントだったかしらと思ったものの、よく考えたら、悠平が心配しているのはあくまで相手ではなく自分であり、やっぱり○○君の気持ちを想像したことにはならないのかもと微妙な気持ちになりました(バス停送迎をめぐる攻防は「悠平の心配事」「ついにハードルを越えました~悠平の心配事・完結編」を参照ください)。国語以外でも、四谷学院療育55段階のソーシャルスキルの課題で、場に相応しい言動を問う問題では、自分一人がどう行動するべきかというマナーはほとんど正答できるものの、対人関係が絡んでくると途端に正答率が下がります。クリニックでも「認知力は上がってきているけれど、関係性が認知力ほどには育っていない」と指摘されました。

 何事も1人称で判断しているかに見える自閉症。ここまではっきり特性が見えてくると、社会への適応力を向上させるために本人への働きかけをさらに強めるべきか、そうしたありようを包摂する社会を志向するほうが悠平にとって生きやすいのか悩ましくなってきます。学齢期も後半にさしかかり、悠平に合った課題を模索しながら、今まで以上に周囲に支援者・理解者を増やしていきたいと思います。「みんな違ってみんないい」――お題目だけではない多様性の必要をひしひしと感じています。

線を引く、線を押す?

 妻(yuheimama)です。最近の算数、ではなくて数学の学習について。取り組んでいる内容は九九や大きな数の足し算引き算、図形の基礎なので算数なのですが、わたしが「算数」と口を滑らすと、中学生の悠平から「数学でしょ」とお叱りを受けます。

 夏休みから始めた九九は繰り返し、繰り返し、とにかく繰り返し練習し、もう一息でスルッと暗唱できそうなところまできています。3桁以上の足し算引き算は、繰り上がり繰り下がりが1回なら正答、2回あると戸惑ってしまうので、学校でも取り組んでいただいています。図形は三角形や四角形を定規を使って書く練習をしていますが、悠平にとってはこれがなかなか難しいのです。

   使用している定規は、以前にクリニックのST(言語聴覚)で勧められたフォロー定規。滑り止めゴムがついていて、ずれにくい仕様です。 

 使ってみると確かにずれにくいので、まっすぐ線を引けそうなものですが、悠平が書き終わった後に定規を外してみると、線がガタガタしています。なぜだろう…。そこで悠平の定規の扱い方をよくよく観察してみると、2つのことに気が付きました。

 1つ目は定規を置く位置。悠平は右利きなので、鉛筆を右手に持ちます。そうであれば定規を置くのは自然と左側になりそうなものですが、悠平は定規を右側に置いていました。右側に置いた定規を左手で押さえ、右手を左手の上でクロスさせて線を書いていたのです。鉛筆の動きが安定しないわけです。「悠くん、鉛筆は右、定規は左に置いて」とやって見せながら声掛けし、改善されましたが、今も時々間違えています。体が覚えるまで練習あるのみです。

 2つ目は鉛筆の動かし方です。「線を引く」という言葉があるように、横線なら左から右、縦線なら上から下に引くのが、自然だと思うのですが、悠平は横線を右から左、縦線を下から上に書いていました。自分の体に近いところから遠い方向に向かって鉛筆を動かしていたのかもしれません。しかしこれでは「線を引く」ではなく、「線を押す」です。鉛筆を引くのではなく押し動かすので、紙の抵抗もあってか線がガタついてしまうようです。「悠くん、それだと線を引くじゃなくて、線を押すになっちゃうよ」と言うと、「あ~、あはははは」と悠平も不自然さに気付いてか、笑い出しました。この指摘以後、頂点と頂点をきっちり合わせるなどの課題はまだ残っていますが、だいぶスムーズに線が引けるようになってきました。
         <線を引く>       <線を押す>
          ・→→           ・←←
          ↓              ↑
          ↓              ↑

 先日、クリニックのOT(作業療法)で「悠平君はやり方を教えればできることが増えていきます」と言われました。これは自分でやり方を考え出すのが苦手であることと表裏一体の評価です。定規の使い方など、新しい物事を習得する際、初めから正しいやり方を教えるのは簡単ですが、母としては悠平にやり方を考え、試行錯誤する機会を与えたいという思いがあります。考えるのは無理だからと初めから教えてできることを一つでも増やしていくのが良いのか、時間がかかる上に、結局うまくいかない場合が多くてもやらせてみた方がいいのか――これからもケースバイケースで悩みながら取り組んでいくしかないかと思っています。